「ピアスを開けてほしいの」
「ぴあす?」

その申し出は突然であった。さして苦しくもない戦を終え、参じよとの主の命に従い審神者の自室の戸を開けた和泉守兼定の目の前に突然差し出されたのは、白く四角い見慣れぬ装置であった。それは何かと問えば、返ってきた単語もまた聞きなれぬもの。

「ぴあっさー」
「そう、これで、私の耳の、そうね。ここらへんに。穴を」
「おいおい、俺たちは刀だぜ?主を守りこそすれ、傷つけるだなんて言語道断だ。それに、そういうのはちゃんとしたやつに見てもらった方がいいんじゃねえか?」

例えば薬研藤四郎だとか。兼定はそう、主からの信頼も厚い同じ一軍の短刀の名を出した。彼なら医学にも明るい。そちらの方が安心して任せられるだろう。
「大丈夫よ。貴方、あの石田散薬をつくったお家の子の刀じゃない」
「そういう問題じゃねえだろ……。大体なあ、」
「和泉守兼定」

全く見当違いなことを言う主に呆れ果て、頭を掻く兼定に審神者はぴしゃりと言い放つ。

「これは命令です」

どこか悪戯めいていた先程の表情とは打って変わり、仮面のような温度の無いその表情に兼定はぐっと言葉を飲み込む。短刀たちと菓子を頬張ったり、三日月や石切と縁側で日向ぼっこをしたり、普段は穏やかで朗らかな主は、しかしたまにこのようなはっとするほど表情のない顔をする時がある。そのときの顔が兼定は何よりも苦手であった。

「……っち、わかりましたよ。主命とありゃあ、しゃーねえ」

それで俺はどうすればいいんですか。投げやりにそう尋ねる彼に、審神者はようやく張りつめた糸のような雰囲気を緩め、兼定の角ばった手に先程のピアッサーを押し付けた。

「これでね、こうして耳を閉じて、穴を開けるのよ」
「痛くねえのか」
「ふふ、貴方も空いているじゃない。おかしなことを言う」

だからこそ。自分は刀だ、傷をこさえることは日常茶飯事。しかし、傷一つない女子の身体に自ら傷をつけるなど。そっと、ふっくらとしたまだまっさらな綺麗な耳朶を撫でると、彼女は擽ったそうに身を捩った。

「なあ、やっぱりやめ、」
「そのまま開けると痛いらしいから、これで冷やしてから開けて頂戴」
「……ああ」

からり、と涼やかな音を立てる杯を彼女が脇の机の上から持ってきた。中に入っていたのは2、3つの氷。自分が来る前に用意していたのだろう。グラスは随分と汗をかいていた。

「溶けていない?」
「まあ、大丈夫だろ。それじゃ主さま。はじめるぜ」
「ええ」

ピアッサーを傍に置き、グラスの中から氷を一つとる。先ほどそっと撫でた耳朶にそれを押し当てれば、予想以上に冷たかったのだろう。小さな声をあげて肩を跳ねさせる主の姿に、どくりと心臓が熱い鼓動を立てた。それを表情に出さないよう、平常心に努める。しばらく氷を押し当て、元々体温が低い己の手も更に冷たくなっているだろう。じんじんと感覚がなくなっていく頃に、もういいだろうと傍らのピアッサーを取る。随分と小さくなったと思っていた氷は、いつの間にか消えていた。

「開けるぞ、主様」
「ええ」
「……本当にいいのか」
「いいのよ」
「だがなあ、」
「くどいわ、早く開けて」

後ろ髪引かれる思いを断ち切り、思ったよりも随分堅いそれを、思い切り閉じた。ばちん!と大きな音が辺りに響く。役目を終え真っ二つに割れたそれが去った後には、綺麗だった耳朶に白い飾りが光っていた。

「ありがとう、兼定」
「……」
「もう片方も、お願い」
「……ああ」

既に一回終えたからであろう。二回目ははじめのころよりも随分すんなりと事は進んだ。しかし、開けるときに装置が立てる大げさなほど大きな音と、嫌な背徳感には一向に慣れない。
周りに散らばる真っ二つに割れたピアッサーを片づけることもせず、兼定はどっかりと畳に座り、鏡で出来栄えを確認する主を苦い顔で見つめ続けた。

「うん……いいわね。本当にありがとう」
「どういたしまして。……なあ、一つ聞いてもいいか?」
「なあに?」
「どうして突然こんなことを?」

きょとん、と瞳を瞬かせてからの主の表情は、とても言葉にできるものではなかった。諦めた様な、喜んでいるような。それでいてどことなく色っぽいような。疲れているような。なんとでも言い表すことができるし、それでいてこれと特定できるものもない。そのような複雑な表情で、主は言葉を紡いだ。

「だって、抱いてくれないっていうんだもの」

どくり。先ほどよりもずっと大きな音を心臓が立てる。それは、もう一月も前のことだった。一日の内番を終え、床に入ろうとする兼定の袖を泣きそうな顔で目の前の少女を軽く引き、とてもこれから夜伽に誘おうという声色ではない、酷く震えたか細い声で懇願したのだ。一度で良い。抱いてほしい、と。
さすがにこればかりは聞くわけにはいかなかった。例え、主命であろうと。どんなにこの少女が懇願しようと。……どんなに、自分自身も望むことであったとしても。

「でもね、今日貴方は私の処女耳に穴を開けたわ。私の身体をはじめて貫いたのは、未来永劫癒えない傷をつけたのは、和泉守兼定。貴方なのよ」

やられた。兼定は心の内で舌打ちと共に呟く。あの晩。必死で主を説得し、鋼の理性で己を制し、やり過ごしたあの晩。あれ以来そんなこと口に出さないどころか、そんな素振り小指の先ほども見せなかったものだから。てっきりあれは主の戯れか、もしくは忘れたものだと思っていたのだ。否、そう思いたかっただけなのかもしれない。それが、こんな形に持ってくるだなんて。酷く傷ついた顔をしているのに、うっとりと自分の耳を貫いた飾りを主は愛しげに撫でる。なんて愚かな。愚かな主だ。

「穴が安定したら、貴方と揃いの耳飾りを買いに行きましょう」

そして、そんな主の企みに胸の奥底でじんわりと仄暗い喜びを抱いてしまった自分もまた、どうしようもなく愚かなのだ。