セトくんは身体の大きさに比例して、心もとびきり大きい。
夏の空のように澄んでいて、夏の海のように大きい懐をもったセトくんは、だからたまに隣に並ぶのが辛くなる。
彼の隣にいると、自分がいかに矮小な存在なのか嫌というほど知らしめられる。
私の心なんて、セトくんのそれに比べたら本当に狭くてちっぽけなものだ。蟻と象ぐらいの違いはある。踏み潰されてしまう。



今が一番来て欲しくなかった。
しかし私は何でも表情に出てしまい隠し事が出来ない質なので、この膨れっ面の原因が彼にあるだなんてこと、簡単にわかってしまうのだろう。そうしたら彼が私の元へ来ないわけがない。そういうあたたかくて優しいところを好きになった。
でも、今は来てほしくなかった。

「なあに拗ねてるんすか」
「…なんでもないもん」

搾り出すように口から出した言葉の、なんて尖ったことか!
いくらなんでもないと言っても、膨れた頬と口から出る言葉の色に全てが出てしまう。抱えた両膝も、子供っぽい。子供っぽくて、小さくて、みっともない。
困ったように眉を下げ笑うセトくんに、胸が苦しくなる。
そんな顔させたいわけじゃないの。困らせたいわけじゃないの。なのに、どうも自分がコントロールできない。
本当はもっとからりと笑って、明るい声で「なんでもないよ」だなんて言って、自分から彼の頬に唇を当てるぐらいのことをしたいのに、依然抱え込んだひざ小僧に顔を埋め、どんよりと湿った空気を醸し出している。
そんな自分に嫌気がさして、醸し出す空気の湿度は余計増すばかり。負の連鎖。
頭に触れたセトくんの手からも、困ったって気持ちが感じられる。セトくんは私の言葉を待っている。私が何について怒っているのか。私が彼にどうして欲しいのか。
それにだんまりを決め込む私の唇の強情なこと。ごめんね、セトくん。じめじめと湿度はどんどん上がっていく。私に触れている彼の手からぼたぼたと水滴が垂れてしまわないか心配な程だった。

「機嫌なおしてくださいよー」

本当は全てぶちまけてしまいたい。
セトくんの優しいところが大好きで、嫌い。
私以外の女の子にもとびきり優しくしちゃうところが、大嫌い。そんなことを思っちゃう私の狭い心が一番、嫌い。

ー」

セトくんも、マリーちゃんも、どちらも大好きなのだ。好きの方向が違うとはいえ、二人とも同じだけとびきり大好きなのだ。なのに、二人が仲良くしていると、心がざわざわざわめく。大好きな二人が仲良いのは嬉しいはずなのに、ぎゅうっと苦しくなる。いやーな黒い気持ちが広がって、それにたいしてもっと嫌な気持ちになって、雪だるま式に黒いもやもやが肥大化していく。そうして貯まりに貯まったもやもやがどうにもこうにも重くてこんな風に身動きできなくなるのは、何も今日に限ったことではなかった。

「…セトくんのこと、こんな風に好きにならなければよかった」

言ってからが後悔する。
自分の言葉なのに、ナイフのように鋭くなったそれは私の心臓を一突きにする。ぐさり。心臓に穴が空いて、血が溢れ出る。痛い、苦しい。

「そんなこと言わないでくださいよ」

セトくんの大きい身体が、小さくなった私にすっぽり覆いかぶさる。じんわり。私の醸し出す空気がセトくんを濡らしていく。ぽたぽたと垂れる滴は、きっと酷く塩辛いのだろう。

「俺はこんなにのこと好きなのに。まだ伝わらないんすか?」

伝わっている。伝わっているから苦しいのだ。
大きくて優しくてあたたかくて、こんなにも素敵な彼が私のことを好きになってくれた。溢れる程の愛情を注いでくれる。そのことがこの上ないほど幸せで。
なのに私といえば蟻のようにちっぽけな心でみっともなく嫉妬して。大好きなあの子にさえ嫉妬して。
幸せと自己嫌悪に板挟みにされ、酷く苦しい。
きっと彼でなければこんなに苦しくなかった。好きになったのがセトくんでなければ、こんな自分の矮小さに苛まれずにすんだのに。
しかし、だからと言ってこの恋心を捨てることなんてとても無理で。彼の愛情と自分の嫉妬心の海にずぶずぶと沈んでいくのだ。 131010