「君のことが好きだ」

目の前に、少女がいきなり現れた。
サトシ達一行が、旅の途中に寄った大きな街の大通りを歩いているときのことだった。

都会らしく、きらびやかな店が並ぶその通りは、もちろん人もたくさんいて、その人混みの中から少女はすっと現れ、サトシへ向かってずいっと指を差し出した。
そして口を開き、一音一音、丁寧に言葉を発したのだ。
君が好きだ、と。

いきなりのことにサトシは呆気にとられ、隣にいるデントとアイリスも言葉を無くしている。
対して彼女はニコリと、挑むように笑みを浮かべるだけだ。

一呼吸置き、ややあっと、アイリスとデントは口を開く。

「サトシ…知り合い?」
「いや…初めて会った人だと思うけど…」
「でも彼女は君のことを知っているみたいだよ?」
「いや、でもなぁ……
あの」
「うん?」

こそこそと3人で話した後、サトシは目の前の少女に声をかけた。
少女はなあに、と小首を傾げる。

「人違いだと思うんだけど」
「そんなことないよ。あたしが君を間違えるはずが無い」
「でも、オレ、君と会ったことないと思うぜ」
「…君は、マサラタウンのサトシでしょ?夢はポケモンマスター」
「そ、そうだけど」

なら、間違いない。そう、彼女は笑う。

「あたしが好きなのは君だよ、サトシ」
「何でオレのこと知って…」
「サトシが忘れてるだけじゃないの?」
「それはバッドテイストだね。女性に失礼だ。
サトシ、謝った方がいいんじゃないか?」
「そ、そうなのか…?」
「あー、違う違う、謝らないで」

少女が慌てて首を振る。

「あたしとサトシは、会ったことないよ」
「じゃぁ、何で?」
「君はあたしを知らないけれど、あたしは君を知ってるの」

まるで歌うように、優しく、言葉を紡ぐ。
そして少女は柔らかく微笑んだ。

「そうして君を、サトシを好きになった」
「…」
「ただ、それだけを伝えに来たんだ
誰よりも何よりも、サトシが好き
君があたしに力をくれた
元気だとか、勇気だとか
君は、あたしの太陽だった」

大切そうに、サトシへの愛を語る。
その言葉はあまりにも真っ直ぐで、愛に溢れていて、アイリスとデントは、彼女の想いの大きさを感じた。(否、彼女は彼等が思っている以上にサトシのことを愛しているのだろう)

「君があたしの生きる意味で、活力の源。

君へのこの想いは、どんなに言葉を駆使しても、表せることは絶対ないだろうね。
それぐらい、サトシのことが好き」

OK?
そう、小さく笑う。
少女のその言動にサトシはただ困惑するばかりだ。

「どうしてそんなに…」

わからない、少女は笑顔のまま、小さく首を振る。

「正直、何故君を好きになったのかは、あたしにもわからないよ。
でも、現に今あたしは君を好きなんだ。惚れたら負けってやつかね」

そこでいきなり、サトシへぐいっと顔を近づける。
突然のことに、サトシはビクリと目を見開き、少女を見つめた。

「でも、ここまで言っても、きっと君には理解されないんだろうね」
「は…」

loveとlikeの違いのスキ、もちろんloveの方だけど。
そう呟きサトシの顔へ手を伸ばし、しかしその手は届くことなく、思い直したように下へとゆっくり下ろされた。

「でもそれでもいいんだ。
ただ、もし君がいつかloveの意味を知って、あたしの想いを、少しでも嬉しいと思ってくれるのなら」

顔を上げ、顔を綻ばせる。
あぁ、綺麗に笑う人だな、
そうサトシは思った。

「あたしはとても嬉しい」
「……君は」

一体誰なんだ。
そう、問おうとしたサトシを、少女は遮る。

「もう時間だ」

ぐいっとサトシから距離を取り、背を向ける。
最後に顔だけ振り返り、

「好きだよ、好き。ずっと大好きだ」
「……」
「サトシ、君の幸せを何よりも願っているよ」
「っおい…っ」

そうして少女は人混みへと消えていった。



後には何も残らず、そこに少女がいたことが夢のようだった。

まだ動けずにいるサトシに、デントが声をかける。

「なんだか不思議な娘だったね」
「…あぁ」
「でも、何であんなにサトシのこと想ってたのかしら
なにか思い当たること、ないの?」
「いや…何も無いけど…」

答えながらも、未だにサトシは少女が消えた方を見詰めたままだった。
その姿に、デントとアイリスは呆れたように、だが優しく微笑む。

「…また会えるといいね」
「いや、もう絶対会えないような気がする」
「え?」

何故だか、サトシにはそんな確信があった。
あの少女に会うことは、きっともう二度とないのだろう。
だけれど、けど。

「絶対に忘れない」


それは、サトシが初めて恋というものを感じた瞬間だった。